食べる側から作る側へ。料理してはじめてわかった家族の味の不思議

手間暇をかけなくても、日常の中に確かにある「日本の味」があります。さとう、しょうゆ、みそ、さけ、みりん。どこの家庭にもある調味料なのに、この組み合わせが生み出す味には、不思議な安心感があります。豪華な料理でなくても、煮物や汁物、焼き魚に添えられた一皿が、自然と心を落ち着かせてくれます。

子どもの頃は、その味が特別だとは思っていませんでした。ただ「いつもの味」として、当たり前に食卓にあったのです。しかし今振り返ると、あれほど贅沢な味はなかったのだと気づきます。決して手の込んだ料理ではないのに、家族の会話や台所の音、湯気の立つ風景と一緒に、記憶の奥深くに残っています。

いま自分が作る側になり、同じようにさとうとしょうゆを量り、みそを溶き、みりんを加えても、どうしても同じ味にはなりません。分量は間違っていないはずなのに、どこか違います。最初は不思議で、少し悔しくもありました。けれど、それは単なるレシピの問題ではないのだと、少しずつわかってきました。

火加減の微妙な調整、味見をする間の取り方、そして何より、作る人の人生や気持ち。そのすべてが、料理の味に溶け込んでいたのでしょう。忙しい中で作る今の料理と、家族のために作られていたあの頃の料理とでは、背負っている時間の重みが違います。

それでも、慌ただしい日常の中で作った一品を口にした瞬間、ふと懐かしさがこみ上げることがあります。そのとき感じるのは、味そのものよりも、思い出と結びついた温かさです。日本の味は、手間の多さではなく、積み重ねた時間と想いで育っていくものなのかもしれません。

同じ味にならない不思議を受け入れながら、今日もまた台所に立ちます。その不完全さこそが、いまの自分の味であり、こころにしみる理由なのだと思っています。

寄り添い通話フラット

通話をするうえで目標にしていることが8つあります。 単に話をして終わるだけでなく、話をした後で残る気持ちを大切にしたいからです。 1幸せな気持ちが残る 2ほっこりする 3勇気が湧いてくる 4つらさを忘れられる 5希望が見える 6痛みを分かち合える 7頑張れる、努力できる 8前向きな感情になれる これらの精神がフラットのめざす精神です。