寂しさは失敗じゃない。やり遂げた人にだけ訪れる感情

長年、一生懸命に物事に向き合ってこられたシニアの世代は、本当に立派です。仕事、子育て、家庭、地域。目の前の責任を果たすため、がむしゃらに走り続けてきた年月があったからこそ、今の穏やかな日常があります。

けれど、こんな気持ちになることはありませんか。

仕事や子育てが終わり、周りを見渡すと、家族は自分を抜きにしても幸せそうで、きちんと自立している。

「ああ、よかった。自分は役割を果たせた」「がんばってきてよかった」

そんな安堵と誇らしさを感じる一方で、胸の奥に、静かな寂しさが広がること。

家族が幸せそうで、自分の果たすべき責任は果たした。

自分が“必要とされる場面”が減り、呼ばれなくても物事が進んでいく。

もう出番はないのかもしれない――そんな感覚が、ふとよぎります。

子どもに家庭ができ、部下に仕事を任せて引退する。

今まで必死に守り、築き、回してきたことを引き継ぎ、次の世代がまたうまく回してくれている。これほど立派なことはありません。

それでも、寂しい。

けれど「寂しい」と口にするのは、家族の幸せを否定するようで、ためらってしまう方も多いでしょう。

これは、静かに見守る時期が来たという合図なのかもしれません。無理に前向きになる必要はなく、この感情を否定せず、そのまま持っていてもいいのです。この寂しさは、責任を果たし、やり遂げた人にしか訪れない、成功の証なのです。

寄り添い通話フラット

通話をするうえで目標にしていることが8つあります。 単に話をして終わるだけでなく、話をした後で残る気持ちを大切にしたいからです。 1幸せな気持ちが残る 2ほっこりする 3勇気が湧いてくる 4つらさを忘れられる 5希望が見える 6痛みを分かち合える 7頑張れる、努力できる 8前向きな感情になれる これらの精神がフラットのめざす精神です。