孫のしつけに、祖母はどこまで干渉すべきでしょうか?

先日、祖父母、両親、孫の三世代で、電車に乗って少し遠くまで出かける機会がありました。仕事ではなく、遊びに行くためのお出かけです。私はそのとき、「たとえ荷物が多少多くなっても、団体で優先席を占領するのは違うのではないか」と考えていました。その気持ちは、孫の両親にも事前に伝えていました。

行きの電車は、その考えどおりに過ごすことができました。これから遊びに行くという期待もあり、孫は終始ご機嫌で、ニコニコしながら車窓を眺めていました。その様子を見ているだけで、こちらまでうれしくなりました。

問題は帰り道でした。たくさん遊び、体力を使い果たした孫は、電車に乗るなり「座りたい」と言い出し、次第にぐずり始めました。時間帯は、仕事帰りのサラリーマンが多い時間です。車内は混んでいて、空席はほとんどありませんでした。

そんな中、運よく一つだけ席が空きました。母親である私の子どもは、その席に孫を座らせようとしました。ところが孫は、「お母さんも一緒じゃないと嫌だ」と言い張ります。二席分空けてほしい、誰かに席を譲ってほしい、と直接言葉にするわけではありませんが、そういう意味のわがままだと私は感じました。

しかし私は祖母です。親ではありません。自分の子どもなら、公共の場での振る舞いとして注意するところですが、孫に対してどこまで厳しく言っていいのか、迷ってしまいました。周囲の目も気になりますし、親の教育方針に口出ししていいのかという思いもありました。

結局、母親は孫を膝に乗せ、その一つの席に二人で座りました。その場は収まりましたが、私の中には小さなモヤモヤが残りました。あのとき、私は何か言うべきだったのか。それとも、黙って見守るのが正解だったのか。

祖母という立場は、思っていた以上に難しいものです。可愛がりたい気持ちはあっても、しつけや注意にどこまで関わっていいのか分からない。厳しくしすぎてもいけない気がしますし、何も言わないのも違う気がします。

こういう場面で、皆さんならどうしますか。祖父母として、どの程度関わるのがよいのでしょうか。ぜひ、いろいろなご意見を聞いてみたいと思っています。

寄り添い通話フラット

通話をするうえで目標にしていることが8つあります。 単に話をして終わるだけでなく、話をした後で残る気持ちを大切にしたいからです。 1幸せな気持ちが残る 2ほっこりする 3勇気が湧いてくる 4つらさを忘れられる 5希望が見える 6痛みを分かち合える 7頑張れる、努力できる 8前向きな感情になれる これらの精神がフラットのめざす精神です。