車を持たない暮らしは楽?不便?本音と強がりのあいだで


現代の人のライフスタイルは、本当にひとそれぞれです。

最近、私は「車を持つか、持たないか」について考えることがありました。

私は車を運転することができません。

でも、これまで都会に住んできたため、公共交通機関がとても発達していました。バスは十五分も待てば必ず来ますし、地下鉄に乗れば行きたい場所まで連れて行ってくれます。隣町へも、そのまた隣町へも電車が伸びていて、移動に困ることはほとんどありません。

だから私は、

「車なんて持っていなくても大丈夫なのよ。税金もガソリン代もかからないし、節約にもなるわ」

と、子どもたちにいつも話しています。けれど、これは正直に言えば、単なる強がりです。

本当は、車があったほうが便利で、楽しいに決まっています。

郊外のショッピングモールに行きたいとき。ふと思い立って旅行に出かけたいとき。天気のいい日に、ただドライブを楽しんでみたいとき。そんな場面で、自由に運転できたらどんなにいいだろう、と考えることは少なくありません。

公共交通機関がつながっていない場所には行くことができませんし、タクシーを使えば、どうしても料金は高くなります。

きっと、田舎で暮らすことは難しいでしょう。

自分の活動範囲が、知らず知らずのうちに制限されていることも感じています。

それでも、もう一つだけ強がりを言うならば、車を運転しないことで、高齢者ドライバーによる事故とは無縁でいられる、という利点があります。少なくとも、自分が加害者になることはありません。

どうしても送迎が必要なときは、泣く泣くタクシー代を支払いますが、マイカーの維持費を考えれば、そのほうが安いのだと自分に言い聞かせています。そうやって、折り合いをつけながら暮らしています。

私はこれからも、

「車なんていらないわ」

という強がりを、きっと言い続けると思います。

でも本当は、少し羨ましい気持ちがあることを、私は認めたくないのかもしれません。

寄り添い通話フラット

通話をするうえで目標にしていることが8つあります。 単に話をして終わるだけでなく、話をした後で残る気持ちを大切にしたいからです。 1幸せな気持ちが残る 2ほっこりする 3勇気が湧いてくる 4つらさを忘れられる 5希望が見える 6痛みを分かち合える 7頑張れる、努力できる 8前向きな感情になれる これらの精神がフラットのめざす精神です。